街の案内係
写真を初めて意識して撮ったのは、かれこれ26年前、岩手を旅した時でした。宮沢賢治と遠野物語のゆかりの地をめぐる旅をしました。
種山ヶ原は不思議なところです。賢治の作った種山ヶ原の歌を歌いながら歩いたのですが、お天気はくるくる変わるし、蜂はぶんぶん頭のまわりを回って。ふと足元を見ると、アザミが2つだけ咲いていました。その間をぐんぐん進むと、種山ヶ原の歌の碑があったのです。観光地でも何でもない高原ですから、バスから降りてうろうろするうちに帰り道がわからなくなりました。陽も暮れて心細かったのですが、どこからともなく車が走ってきて私の横に止まってのせてくれて。賢治のいきなはからいと思いました。蜂は最後まで私を刺そうとしませんでしたし。
あの何かに誘われ、守られている感じは今でも残っています。それが私の写真を撮る姿勢というか、感覚の原点にあります。
ふだんは職場(新宿駅にある飲食店)を拠点にしながら撮っているので、街のスナップが主ですが、案内役は路地を吹き抜けていく風だったり、街角からひょっこりあらわれる猫だったりします。
私がむやみな都市再開発に抵抗を覚えるのは、写真家としてのわがままもあります。きれいにゾーニングされた街は機能的で便利かもしれませんが、風や猫に誘われ、平気で迷子になることを許してくれそうにないので。困ります。私に写真を撮らせてください。お願いします。
(2014.5)