『日計り』刊行10周年記念サイト

サボリの時間

   『日計り』は、主に90年代の新宿の町のスナップを集めた、私の最初の写真集です。新宿駅構内の片隅で、「ベルク」という小さなビア&カフェをやりながら、たまに職場を抜け出して、新宿の街をカメラ片手にさまよいます。要するに、サボりです。写真を撮り始めた頃から、見ているような見られているような不思議な感覚がありました。その時間は、何ともいえない解放感と緊張感に包まれるのです。細い路地。光のさすほうへ誘われながらカメラを向けます。向けたとたん何かが起こります。猫がこちらを見たり、木の葉が揺れたり。同時にシャッターを切っています。能動的に撮るというより、受け身的に撮らされるというより、ぱっと目があって挨拶する。そんな撮り方です。そんな瞬間ばかりを集めました。でもそうして撮ったこれらの写真の風景は、今ほとんど残っていません。再開発で、高いビルとだだっ広い道路だけの殺風景な空間になってしまった。そう、町でなく、空間。 私は町の最後の姿を記録に残そうとしたわけではありません。でも、ふりかえってみれば、町に撮ってくれとお願いされたようにも思えます。私の撮った町が、どこも撮ったすぐ後に取り壊されるので、撮るのがいやになるほどでした。この写真を撮った場所も、数日後に訪ねた時にはすでに更地になっていました。手がかじかんで、遭難しそうな寒い朝。写真集制作の最後の追い込みで、写真の数は十分そろっていたのですが、一、二枚足りない気がして、出勤前にわざわざよく味を運んだ北新宿方面に向かったのです。電信柱の裸電球が心細く見えました。パリパリと割れる霜柱。木々がざわめきます。朝日が昇り、草木が色を染めていきます。カラスが真上で叫んでいます。光の一刻一刻の変化で表情を変える町なみ。新宿にはそんな路地がたくさんありました。

(2014.1)