ソーセージ職人
河野夫妻に聞く
9.12.10
東金屋さんに行ってきました
東金屋さんを訪ねました。お休みの日でも、店内はスモークの芳しい香りが漂い、いつ伺ってもピカピカのショーケースが目を引きます。いつもはずらっ~とショーケースに並ぶソーセーやハム達も、今日はお休みの日。静かな保管庫に大事にしまわれています。
東金屋さんのソーセージは空気を抜きすぎないふっくらパック。豚からソーセージになってまでも、一貫して余計なストレスを与えない為だそうです。繊細な心遣いと愛情が、さらに美味しくしてるのですね。
マスターは精肉屋さんの息子として生まれ、店番や配達をして小学生の頃からお小遣を自分で稼ぎ、高校生になってからは服を仕立てたり、銀座に遊びに行ったりと、かなりお洒落な少年だったようです。そういう若い頃からの見聞や食聞?が、今に繋がっているのでしょう。ママさんとの出会い、そして家業を本格的に継いで精肉屋に、そこから日々研究し試行錯誤を繰り返して、ソーセージ屋に転身へと。
ソーセージを勉強したい一心で、ドイツ人がいる所にはどこにでも押しかけ、怒られた事もあるそうです。そういう一途な情熱には舌を巻きます。組織や会社に属さず、自分の舌だけを頼りに勝負してきた姿は、覚悟と潔さを感じました。東金屋さんの担当をやらせて戴き、仕事に対して深く考え続ける事や真摯に向き合う事、他にも言い尽くせない勉強と経験をさせて戴いています。心から感謝し、幸せに思っています。
お話しにのめり込みながら、切り立てのハムと、極上のワインのおもてなしに酔いしれ、至福の時間を過ごしました。暗い中見送って下さった、マスターとママさんの笑顔が、数日脳裏から離れませんでした。
(市原)
時間にして、4時間。実に実に実りの多いインタビューでした。いつか、まとめてお読みいただけるようにするつもりです。ご期待下さい。
(迫川)
素材がダメだったら、いくら腕があってもどうにもならないとマスターは映像の中で語っていますが、いわゆるファストフードのように、ソースで味つけしちゃうという手はあります。調味料とは本来、素材(自然)の味わいを引き立てるものですが、マックとか幼い頃から当たり前のように食べさせられたら、素材なんかどうでもいい、味(調味料)さえついていればというようになってしまう…かも知れませんね。それで買い手が納得するなら、売り手も低コストですませられるし、万々歳でしょうが。食の官能性は薄れるばかりです。味付けと言えば、料理に砂糖使うのって知恵だと思うんですよ。戦争とかによって食材に大きな制約がある時の。とりあえず味がつけば食べやすいし、保存もしやすい。ただ、今の日本は食材に質・量・種類すべてにおいて恵まれすぎています。なのに、昔の名残か精糖会社の陰謀か知りませんが、砂糖を当たり前のように使う人が多い。料理番組や料理本では、どの料理のレシピにも大前提として砂糖と記されています。砂糖がいくら甘いからって、素材の甘みにはかないません。あえて甘さを強調したくて砂糖を使うというならわかります。選択の一つにはなる。何の考えもなしに使うのはどうかと思うのです。砂糖は化学製品で消化には非常に悪い。そういうことは最低限踏まえておくべきでしょう。あとは個人の自由。私は、大日本精糖という精糖会社の社内恋愛で生まれた子供。元が砂糖みたいなもの。悪口はあまり言えないのですが。
(井野)
人間って、勝手な矛盾した生き物ですよね。自分のイメージに反したことが起これば戸惑い、パニクりますが、イメージ通りにことが進むと退屈で死にそうになる。食に対してもそうです。誰もが、その人なりの食のイメージを持っています。私も例外ではありません。ただ、そのイメージをぬりかえるきっかけになるのが新しい出会いです。異国の異文化だったり、恋人だったり。その瞬間、味覚にも革命が起きる。食の仕事に従事していると、自分のイメージに縛られないためにも、全神経を舌に集中しなければならない時があります。商品開発の時なんかまさにそう。しょっちゅう外国に行ったり、新しい恋人をつくる訳にもいかないので、味覚だけが頼りです。
ベルクのメニューに、ハムをパンにのせただけの商品があります。高橋さんの作るミルクパンの甘みと河野さんの作るボンレスハムのうまみが見事に引き立て合って。私の思いつきで組み合わせたのですが、そのおいしさに自分がまずやられちゃいまして。さすがの押野見先生(ベルクのコンサルタント)も、おいしいけど商品にするには…と一瞬ためらいましたが、その後、一言「シンプル・イズ・ベスト」と。もちろん、商品として定着させるには、長い時間が必要でした。なかなかイメージしにくい商品ですし、ベルクの価格体系からするとちょっと高めだし。でも今はしっかり固定客がついています。
外食の利用者の立場に立つと、ベルクってすごく新鮮なんですね。今や大ヒット商品になったベーコン・ドッグなんて、パンにベーコンと玉ねぎがはさんであるだけ。普通、レタスとかトマトもはさむでしょう。せめて食べやすいようにベーコン切ったら?と河野さんはアドバイスしてくれますが、あの噛み切るのがまたいいんです。それも素材の味わい。そのくらい河野さんの作るベーコンは素晴らしい。でも、それは体験してみないとわからない。あのベーコン・ドッグに実際に出会ってみないと、河野さんのようにむしろ心配になるでしょう。本当にそれでいいの?って。
(迫川)
東金屋さんにソーセージをベルクにおろしてもらえないかとお願いし、オーケーをいただくまで一年。「そんなにかかった?」とマスターは照れくさそう。「そうそう、わざわざここまで来てくれたんだよね」とママさんもニコニコ。もちろん、私も恨み言を言っているのではなく、「じゃあ、どうする?」とマスターからさりげなくゴーサインが出た時の喜びが鮮明によみがえり、思わずそんな話になってしまったのです。
ところで、ちょっと前ですが、亀戸の駅周辺をぶらぶらしていると、新しい建物の一階が屋台村風のちょっと雰囲気のある飲食街になっていて、そこ、まだあるのかな。寿司も天ぷらも蕎麦も一通りそろっていて、どこもこだわりの雰囲気がプンプン。それぞれ一応独立しているのですが、基本的にオープンカウンターで、店と店を自由に行き来できるシステムにもなっているらしく。一番入り口近くにあるお店がベルクのようなビア&カフェで、メニューも似ている。それにしても何か見慣れた感じがするなぁと覗いていたら、店主が現れて、いきなり「君は新宿のベルクを知っているか?」と詰め寄るのです。「いや…」と後ずさりすると、メニューを指して「このポークアスピックはねぇ、そのベルクにしかないものだ!千葉の東金屋というソーセージ屋のオヤジが作っていて」と何も聞いてもないのに、ベラベラ話してくれるのです。どうやらこの屋台村をプロデュースした(とっておきの店を集めた)人で、本職は不動産とか。とにかく(ポークアスピックが)入手困難なレアもので、うちでは冷凍しているからいつでもお出しできるのだと自慢されるのです。飲食にとって「冷凍」はむしろ隠しておきたいことですが、まだオープンして間もないらしく、初々しい興奮が伝わってきました。ただ、ふと、東金屋さんはご存知だろうか、自分の作ったものが「冷凍」されていると知ったらさぞ悲しむだろうと思いました。
もちろん、どう扱おうとその(買った)人の自由ですが、東金屋さんが売る相手にまでこだわるのは、おいしく食べてもらわなければ、東金屋さんにとっても意味のないことだからです。
(井野)
話し手/河野仲友 河野なおこ
聞き手/市原結美 稲葉将樹 井野朋也 迫川尚子
映像/迫川尚子
千葉のマイスター東金屋に
お邪魔する
9.11.24
「東金屋さんあってのベルク」
「ベルクさんあっての東金屋」
東金屋さん自家製ソーセージを店で毎日、感謝しながら扱っています。
でも、こうやってわざわざ面と向かって言葉にするのは15年以上のお付き合いの中で実は、お互いに初めてかも。
私が千葉の東金屋さん(店舗&仕事場)にお邪魔するのは、これで3度目です。
前回赤ちゃんだったお孫さんが今は小学校6年生。いやーどうしてもそうなっちゃいますね。
前回は、写真家の鈴木清さん(故人)と一緒でした。(店の看板になっている職人たちの写真は、土門拳賞作家である鈴木さんが撮影したものです。)
今回、ベルク本編集の稲葉さん、ベルク、ソーセージ注文担当の市原さん、そして店長と私の4人で伺いました。
前回、前々回はお仕事中でしたが、今回は「取材」の名目でお休みのところお時間いただきました。(たっぷり4時間も!)
"新作"までご馳走になって。マスターの話の脱線が面白く、ママさんが絶妙に軌道修正する毎度ながらの名コンビぶり。もうビックリの連続で、マスターの「天才」を証明するエピソードが
いくつも伺えました。小出しにお知らせしますね。
奥の仕事場の1台1千万近くする「3種の神器」カッター(切る!)、スタッファー(詰める!)、チャンバー(スモーク!)を見せてもらいました。ピッカピカに手入れされてて…。美しい…。おいしさの秘密が垣間見れた気がします。
マスターは肉屋の息子(3代目)で子供の頃から店番をし、職人から肉の扱いを教わったそうです。もうその頃から肉を見る目が養われていたんですね。おいしいソーセージを作るには、まず素材。そして道具。腕よりも、舌(味覚)とご本人はおっしゃってました。腕は後からついてくるとのことです。もちろん、謙遜にしか聞えません。
「どうせ余りものを使ってるんでしょ」
というお客の声に頭にきて、肉屋をやめ、専門店にされたとか。確かに、道具は道具ですごい。カッターだけでん百万円。ソーセージは練り物と思われがちですが、練るんじゃなく、切る!んですね。この日はお休みなので、スタッファーでソーセージを詰める仕草だけ…。エアー・スタッファー!ベルクに戻ると、峰屋の高橋さん(パン職人)がこの日のために作ってくれた亀の親子が…。私たちの出発に間に合わなかったのです。でも、店に飾れました。
(迫川)
写真 by 迫川尚子
音楽 by 井野朋也