新宿アルタ前
(フーテン発祥の地)

9.12.7



フラッシュモブとベルクらしさ


この映像は、
先月28日午前11時過ぎの
新宿アルタ前広場の様子です。
本を読んでいらっしゃる方が
数名映っていますが、たぶん、
フラッシュモブの呼びかけに
応じられた方々と思われます。
私のところにも
某メーリングリストから
呼びかけのお知らせが
まわってきました。

<「戦争」「殺戮」に関わる
テクスト(書籍・新聞記事・
自作の詩などジャンル不問)
を携えて集まって下さい。
11時より小さな声、大きな声、
自分に合った方法で読み始め
12時に解散します。
知人にメール・SNS・
ブログ等で告知して、広範な
参加を呼びかけて下さい。>

<私たちは自衛隊が武装米兵を
輸送している事は知っている。
しかし、大規模な空爆や空襲
といった過去の戦争ではない、
視覚化されえない「暗殺=戦争」
の時代に「反戦」を訴えるほど、
反時代的な想像力を要するもの
はないだろう。>

ちなみにフラッシュモブとは、
「不特定多数の人間が公共の場
に突如集合し、目的を達成すると
即座に解散する行為。」です。

私はテキストでなくカメラを手にして、
ベルクからすぐ上のアルタ前へ
確かめにいきました。もし、
そこで何十人もの人が本を読んでいたら、
ちょっとしたビックリ映像に
なったんでしょうけど… 
実際は、数人程度で。ただ、
かつてグリーンハウスと呼ばれ、
*フーテンのたまり場だったという
この東口駅前広場、
無秩序な広がりと奥行きがあって、
今でもはとバスを待つ人、ホームレス、
手配師、喫煙者が思い思いにたむろする、
不思議と落ち着く場所です。
(店長の憩いの場?)

さて、YouTubeでは他にも
フラッシュモブの様子が紹介されており、
このような発信者tokyomob
の言葉がありました。

<多くのSF小説家が予告したように、
行政主導の都市デザインは『治安対策』を
強化するあまり、人が人を信頼する能力を奪う。
監視 社会の強化というこの世界的な潮流は、
東京都において住民警察化という形で
さらに先へ向かおうとしている。

新しく施行されようとしている条例は、
外国人に対しての人権侵害 が予想され、
生命と生活を守るため声なき声を路上で
あげる表現者たちを路上から排除する方向で
進められている。

ホスピタリティー能力が著しく低下した東京は、
全てのベンチが取り外され、
計算可能の経済活動と交通のみが許され、
計算不可能性を孕む人々の文化的営み全てが
「テロリズム」と判断されうる危険性がある。

監視社会への批評のジェスチャーを
やめる理由はない。>



http://www.youtube.com/watch?v=SPQiPTYghHM
(迫川)







サービスというと、
ご主人様へのご奉仕と
イメージしがちですが、
飲食店の場合、私たち
店側が、謂わば主人で、
お客様をもてなすという
精神が基本にあります。
リードするのは店側
なんですね。ただ、
ベルクはセルフサービスで、
お客様の自主管理にまかせる
ようなところがあって、
それが「ベルクらしさ」
につながっているのも
確かです。
ベルクのような店を
利用するのに初心の方は、
例えば
「ここ、煙草吸える?」
と私どもスタッフにお尋ねに
なります。お昼以外はうちは
席を喫煙と禁煙に分けておりません
ので、私はなるべく
「禁煙席はご用意してなくて」
とお答えするようにしている
んです。ちょっとわかりにくい
かもしれませんが、
「吸える」ともいいたく
ないんですね。それはお客様の
自主判断というか、
お隣の方に伺ってくださいと
本当は申し上げたい(申し
上げることもあります)。
ベルクを使い慣れている方は
煙草に限らず、限られた
スペースを赤の他人と
気持ちよく共有するために
ほんのちょっと譲り合ったり
了解をとりあったり
されています。
本来、それは店の仕事じゃ
ないかといわれそうですが、
いや、ホールまでひとが
なかなかまわれないという
店(システム)の事情も
ありますが、だからこそ
あの何ともいえない独特の
和やかな雰囲気が生れる
のだと思います。
上のtokyomobのコメントに
「行政主導の都市デザインは
人が人を信頼する能力を奪う」
とありますね。
ベルク的な場は
個人向きの店でありながら
そういう意味でも砦に
なるのではないか。…

いつ何が起こるか
わからないのが
人生です。
でもまあ
何とかなると思えるから
私たちは狂わずに
いられるのです。
そう思えない人たちも
いるでしょう。
ある意味、いい加減に
なれない。大変だろうと
思いますが、
そういう不安症的な感覚が
店や職場や学校、町を
支配するようになったら
どうなるか。
例えば、ガラガラの飲食店に
(そのうち混むにせよ)、
一人客が入ってきたとする。
スタッフは、広々とした
テーブル席でなく、
片隅の狭い一人用カウンター席に
わざわざその客を案内しようとする…
結果的に落ち着くかも知れんが、
そのくらい好きにさせようよ。
そういう光景。奇妙でしょ?
でも、今、世の中全体が
そうなりつつありますね。
無難に…事前に
面倒なトラブルを回避しようとする
あまり、その場の判断を怠る。
管理の論理って、そういうものです。
まあ備えあれば患いなしで、
ある程度やむを得ないことですが、
経営者にしろ、
教師にしろ、
行政にしろ、
管理する側にまかせると、
どうしたって歯止めはきかなくる。
生きることの予測不能性を、
いかに予測可能なものに変えるか。
それだけが仕事として
目的化してしまうからです。
それに対して、
異議を唱えるのも
大事なことです。
アクシデントは
起きる時に起きる。不意に。
むしろ、その時にどうするか
なのに、そういう心構えは
わりとおろそかにされる。
管理社会って、
どこかしら奇妙で
病的な世界です。
問題は、私たちが
はっきりそれを
「おかしい」
と言えるかどうかです。
囲い込みされたような
アルタ前の喫煙コーナーで
タバコをふかしながら、
ふとそんなことを思いました。



(井野)





*フーテン……
「フーテンの寅さん」で
おなじみのこの言葉、
元々、新宿の不良少年用語、
「フーテンする」(野宿する)
が名詞化されたもの、だそうで。
東口駅前広場で野宿する”けしからん”
若者たちがメディアにとりあげられ、
「グリーンハウス」と「フーテン」は
セットで流行語になったんだそうな。
ここアルタ前は、いわば
フーテン発祥の地なんですね。






映像 by 迫川尚子
音楽 by 井野朋也









迫川尚子と井野朋也の
アルタ前
路上セッション?'99

10.9.4




セッション、と言ってもご覧の通り
路上に二人で寝転がってるのを
写真に撮ってもらっただけですが‥

風の噂によれば、これらの写真は
コニカミノルタで展示されたことが
あるそうな。‥






写真 by 迫川尚子&通りがかりの写真家
音楽 by 井野朋也