情報を頼りにお店を探すこともあるが、どうしても目的地に縛られる窮屈さがある。やはり、気まぐれに歩いて、気まぐれにお店に入るのが私たちの性には合っている。お店は町とセットだから。町歩きの延長に外食がある。(井野)

HAKURAKU SHOCK!
(神楽坂の名店「伯楽」閉店)

9.8.22







神楽坂の路上で、
「あれ?ここじゃなかった?伯楽…」
河豚の名店「伯楽」が、なぜかお菓子屋さんになっている。と、その時、
「もしもーし、もしもーし」
背後から声が。ひょうひょうとしたマスターの姿があった。
伯楽は、私たちの一番古い行き着けのお店だ。ほぼ四半世紀、と言っても年に一度だが通っている。その年の最終営業日。もうすぐ伯楽。というのが、私たちの年の瀬の合い言葉だ。
12月も半ばを過ぎた頃、忙しそうに電話に出るおかみさん(マスターの妹さん)の声を聞くたび、今年も年が越せると思う。オノ・ヨーコ、黒柳徹子、そしてうちの母と同じ昭和八年生まれ(カウンターの上に飾られてある河豚調理師免許証でマスターの生年月日が確認できる)、現役バリバリ、まだまだいけると思いつつ、やっぱり祈る気持ちがどこかにある。
カウンター席は予約不可。だから当日、開店の5時に着くよう神楽坂の坂をぐんぐん進む。ベルクを始めたばかりの頃、店に大事な食材が届かなくて、確認に追われ、伯楽の開店時間に間に合わないことがあった。繁盛店(ブラック・アングルの山藤章二氏を見かけたこともある)だからしょうがないのだが、入る隙間がなく、あんな途方に暮れたことはない。
それ以来、伯楽デーだけは仕事関係から逃げることにしている。年に一度のビッグ・イベント。
高級店を訪れる頻度が、若い頃に比べれば増えたが、今でも伯楽は別格。河豚さしをおかわりし、手が鬼の私でもタオルがないと持てないチョー熱燗のトックリをガンガンあける。マスターも言うように、伯楽クラスの味(天然トラフグ……と腕)は、他だったら倍から三倍とられてもおかしくない。むちゃくちゃ良心的。
それに今時、名のある店主がくわえたばこで仕事する光景なんて、伯楽以外では考えられない。
カウンターで普通に瓶ビールを頼む。たばこを一服する。ベルクを始めるよりもっと昔、二人がまだ別々に仕事をしていた頃、現地集合の約束で先に着いた私は一人でビールを飲んでいた。二本目の瓶がきて、コップについだ。それでも現れない。携帯もない時代。迫川は道に迷っていたのだった。付きだしの煮凝りが出される。そこからはもう完璧、どうにでもして~状態。
おいしいものが食べれて、タバコも吸える。それが外食では今やありえない贅沢になってしまった。伯楽はその最後の砦でもあった。
このお店、迫川が熊田時代(1985年)に雑誌で見つけた。それから昨年の2008年まで23回、年を越した。1回だけ越せさなかった訳だから、伯楽には22回通ったことになる。回数でいえば、常連と呼ぶには少ない数かも知れない。それでもいつしかマスターには顔を覚えられ、予約なしでも待ってもらえるようになった。
通い始めの頃、私もギリギリ育ち盛りだったので、チョー薄造りの河豚の存在感をかみしめる余裕がなかった。何枚か、いっぺんにとろうとしたら迫川に睨まれた。
私が40の誕生日を迎えた年(10年前)、さしもお酒もおかわり自由ということがあった。いや、二人で何度おかわりしても、一人分すらとられなかったのだ。マスターはとぼけていたが。
伯楽でチョー熱燗の鰭酒を飲むたび、これぞ最高の酒と思う。ここに比べたら、他の鰭はどれも生臭く感じられる。
2、3年前からマスターは引退を決めていたそうだ。10秒で出来た仕事が20秒かかるようなった。それでも凡人から見たら名人技に変わりないが(少なくとも、私たちが伯楽で「あれ?」と思ったことは、一瞬たりともない)、マスターの美学がそれを許さなかった。
昨年の暮れも、私たちはいつものようにお勘定をすませて、「では、また一年後」と挨拶した。マスターの胸の内には、すでに「一年後」はなかったことになる。年が明け、まず相棒の妹に打ち明け、3月に閉店した。1963年の開店から45年目の春だった。
元伯楽の前であんまりショックを受けている私たちの様子を見て、マスターは声をかけてくれたのだろう。それも凄い偶然だが……近くの茶店にマスターから誘ってくれた。相変わらずジョーク連発(ちょっと口が悪いところに、私たちは職人気質を感じた)、ひょうきんなマスターに、迫川があらたまってインタビュー&撮影したのがこの映像である。意外と真面目に答えるマスターが有り難くもあり、新鮮でもあった。ここで使われている写真は、3年前、インターフェロン治療終了後に迫川がはじけて撮った、2006年12月29日の伯楽である。この後、私たちは2回、伯楽に通った。
締めの河豚雑炊、迫川の腕も毎年あがった(少なすぎず多すぎず、最小限の調味料でふぐのだしを引き出す。火を止めるタイミングも、早すぎず遅すぎず)。でもまさか、昨年が最後になろうとは。これからどうやって年を越すんだ。







(井野)



































私にとって、一年の締めくくりのお店でした。つまり、一年に一回、トータルで20回以上通ったことになります。数自体はそう多くないのですが、忙しい時期に予約なしで入れて、注文も「いつもの」で通じるようになりましたから、私もそのお店の常連の一人になれたのだと思います。
大人になるにつれ、外食の幅も広がりました。が、身も心も完璧にゆだねられるのは、「伯楽」だけでした。オーソドックスなコース料理を提供するお店です。もちろん、あつかっているのは天然の虎河豚。ただ、お刺身が他店と比べてもダントツにおいしかった。お値段も相場の半額以下でした。やはり、店主の滝沢さんの素材を見る目と包丁さばきが名人クラスだったのだと思います。目新しさを求めるお客には、今一つだったのかも知れませんが。
この日、私の唐突な(酔っ払ってたんですが)インタビューに滝沢さんは真面目に答えてくださって。店を清潔に保つこと。オフレコとおっしゃいながら、「うちには、虫一匹いない。いや、洗剤や殺虫剤を使えということじゃないよ」と念を押されました。ここ。大事なところなのでオフレコにしませんでした。ごめんなさい。
確かに、店をきれいにしたければ、重曹と石鹸さえあればいい。口に入れて危険なものは、私たちもなるべく使わないようにしています。食べ物を扱う以上、そういうものを店の中に入れたくないのですね。洗剤は手あれの原因になりますし。そういうものに頼らず、全身全霊で掃除する。「酒造りは、造り半分、掃除半分」という言葉を私は思い出しました。みんなに手順を指図して、自分は箒とちりとりを持って蔵内をまわる。それが日本酒における杜氏の仕事だ、という話も聞いたことがあります。
まるでうちの店長みたいと思いました。ベルクの店長も、みんなより1時間早く朝の5時に店に入ります。やるのは、仕込みでなく掃除です。フランスのある三ツ星レストランの経営者のインタビューを読んでいたら、やはり自分の主な仕事は掃除だ、と言っていました。
掃除は、衛生上も重要な仕事ですが、それ以外の意味も持ちます。誰にでも出来る、簡単で地味な仕事と思われがちなので、スポットライトは当たりにくいですが、実は奥の深い仕事なのです。
私の知り合いに、自分の時間を確保するため、会社(一流企業)をやめ、時間給の清掃員になった写真家がいます。彼はしばらくして、掃除というのは今までやっていた仕事よりずっと高度だ、と話してくれました。そういうものかも知れないと思いました。
店を見苦しくなくきれいに(整理整頓)するのは、お客様へのサービスであると同時に、自分たちの気持ちを引き締めることにもなります。新人に百の言葉を並べるよりも効果的です。乱れた職場では、気持ちもすさみやすい。美味しいものを作るには、気持ちも大事です。気持ちのいい環境がまず条件なのです。
一時期、「汚い店ほど隠れた名店」と言われたことがありますが、そうでないことに皆気づき始めています。「汚い」という表現があいまい過ぎたのです。それは「不潔」ではありません。真新しくなく、流行の先端でもないのを「汚い」と言っているだけです。「年季が入った」とか「しぶい」と言った方がふさわしいでしょう。そりゃ長く続いているほど名店の可能性が高いですものね。「年季が入っ」ていて、清潔感もあるお店ならなおさらです。
なぜ経営者や杜氏、店長が掃除するのか?一番下っ端の仕事ではないのか?と思われる方もいるでしょう。うちも、新人にまずやらせるのは掃除です。でも、それは誰にでも出来る簡単な仕事だからではありません。誰もがやるべき重要な仕事だからです。ただ、掃除は義務的にやるだけではなかなか上達しません。意識の高さが求められます。トップの意識が高いのは当然でしょう。だから掃除向きなんですね。
ガラスふき一つとっても、ガラスクリーナーがあればきれいになるというものではありません。クリーナーの役割は、あくまでもしつこい汚れをとれやすくすることです。ピカピカにするには、手を使って磨くしかない。気持ちのいい空間を作るのが掃除本来の目的です。そういう意味では、創造性が求められます。不思議なもので、隅々や見えないところまで掃除が行き届いていると、空気がすーっとします。壁や床にとれない傷や染みがあっても、輝くべきものが輝き、収まるべきものが収まるべき所に収まっていれば、それらは味になり「年季の入った」店になります。
「伯楽」の滝沢さんが、虫一匹いないことを自慢されたのは、店全体に神経が行き届いているという意味なんですね。うちにも、虫一匹、ネズミ一匹いません。外にはいっぱいいるので、完全に侵入を防ぐのは難しいですが、巣を作られさえしなければ、常時いることにはなりません。それには、店のレイアウト(配置)から考えなければなりません。そこからもう掃除は始まっています。食べ物の細かなくずが入り込む隙間があると、巣を作られます。厨房機器の下の隙間なども、こまめにお湯を流すなどして、ゴミをためないことです。
思い出横丁を朝早く歩くと、営業前のお店の店主たちが、厨房機器のフィルター掃除をしている光景をよく目にします。厨房機器は、お店の大事な仕事道具です。いわば心臓部。うまく機能しなければ困ります。
機械だけではありません。店には様々な流れがあります。客の流れ、スタッフの流れ、水の流れ、空気の流れ。それらを滞りなくスムーズいかせるのが掃除です。非常に細かいものから大掛かりなものまであります。それらを怠らずやれば、仕事ははかどり、虫は寄り付きません。





(迫川)














写真 by 迫川尚子
音楽 by 井野朋也









迫川尚子の外食人生

10.6.28

ムーヴィーに登場するお店一覧表

●だるまや餅菓子店(東京/十条) …かき氷(天然氷特選宇治金時)
●三角(東京/浅草) …フグ刺し、フグ白子生、鰭酒
●岩山展望台(岩手/盛岡) …スズメ蜂ドリンク
●げんき(東京/月島) …牛モツ、フワ、ナンコツ
●盛楼閣(岩手/盛岡) …焼肉
●氷川サービスステーション(東京/奥多摩) …ヤマメの燻製、生ワサビ
●カフェ・ラントマン(東京/青山) …瓶ビール(オーストリア)
●神谷バー(東京/浅草) …電気ブラン
●朝起(東京/新宿) …山椒魚
●花園神社(東京/新宿)
●展望台(広島/宮島) …アナゴ飯
●ノイ・フランク(東京/国立) …プレッツェル
●二毛作(東京/立石) …純米酒(神亀・真稲人)、おでん、牡蠣煮、塩辛
●エディション・コージ・シモムラ(東京/六本木) …鳩
●ニンジャ・アカサカ(東京/赤坂見附) …カクテル
●まるます屋(東京/赤羽) …イカゲソ揚、肉豆腐
●豊島屋(東京/石神井公園) …生ビール
●モダン亭 太陽軒(埼玉/川越) …サーモン
●石亭(広島/宮浜温泉) …刺身盛り、煮物、アナゴ茶漬け、シャンパン、湯豆腐、温泉がゆ
●ナビィとかまど(東京/新宿) …海ブドウ
●福臨門魚翅海鮮酒家(東京/銀座) …北京ダッグ
●まるぱん(東京/森下) …天然酵母パン
●みや古(東京/森下) …ホヤ、アサリ、カラスミ
●伯楽(東京/神楽坂) …フグ刺し、フグ白子焼き、鰭酒
●七面(東京/町田) …ラーメン
●カルタゴ(東京/中野) …羊のクスクス
●ホテルレストランショー(千葉/幕張) …ハモンセラーノ、カプチーノ、デーツ、ザクロ
●やまびこ茶屋(東京/高尾山) …日本酒
●キ・アリ(東京/西国立)…鹿
●プレスクラブ(東京/有楽町) …生ビール、ノレソレ、白子焼き、サンデーブランチ・ビュッフェ
●炊き出し(東京/新宿・中央公園) …カレー、煮豆
●にんじん(東京/国分寺) …馬刺
●沖縄食堂(東京/早稲田) …スク豆腐、泡盛(瑞穂)、沖縄モズク、缶ビール(オリオン)
●多根果実店(東京/国分寺) …マドレーヌ
●熊野道(東京/新橋) …サヨリ刺し
●鰻割烹まるだい(神奈川/川崎) …サワガニ
●四季亭(岩手/つなぎ温泉) …いちご汁、岩牡蠣、ホヤ、刺身盛り
●おじさんの台所 蓬屋(東京/高円寺) …燻製いろいろ
●玉峰館(静岡/河津) …鮑肝
●レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ(東京/青山) …鮎、フォアグラ、牛ステーキ、春のサラダ、デザート
●鰻割烹伊豆栄梅川亭(東京/上野公園) …サザエ
●正ちゃん(東京/浅草) …牛煮込み
●イータリー代官山(東京/代官山) …チョコレート・パフェ
●伊勢丹催事場(東京/新宿) …マカロン・パフェ
●鰻のまこと(東京/ひばりケ丘) …ウナギ肝焼き
●秋元屋(東京/野方) …焼きトン






写真 by 迫川尚子
音楽 by 井野朋也




珍味系のオンパレードっす。



Les Cré
ations
de NARISAWA

10.6.2

3年ぶりのナリサワさんです。よっぽど計画を練らないと、私たちには財政的に難しいお店ですが、どうせ伺うならディナー、完全おまかせ、大船にのって大海原へ。
ワインも前回と同じ、あえてグラスで料理に合わせ完全おまかせ。白→白→白→赤。何と甲州(白)に掘り出し物あり。





(井野)




写真 by 迫川尚子
音楽 by 井野朋也





イタリアワインの聖地。

11.2.8



OSTERIA Vincero


新宿駅よりかなり四谷駅寄り、殺風景な裏通りのマンションの角っこ、半地下のガラス越しにワイングラスがテーブルの上に置かれている。ここ、イタリアワインの聖地OSTERIA Vinceroは、料理もイタリアの風土にとことん魅せられた本格イタリアン。見せてはもらえなかったが、床下が全面ワインセラー。足元から幸せ。料理に合わせたワインのおまかせコースがあって、お皿ごとに一杯ずつシェフが地元で調達したワインを注いでくれる。白3種、赤2種。グラス自体5種。ワインの香りや飲み口に合わせてグラスの大きさと形まで変えてくれる。確かにワインは、デイリーワインはさておき、ボトルで味の変化を楽しむ飲み物だが、最近はグラスワインの魅力も再発見。一度に何種も飲み比べる中野のモンファでのワイン会のめくるめく体験が甦る。一杯飲み干さずに、テーブルに並べていく。スタッフがさらに赤2種サービス!どちらも絶品だった。最後の一杯、味のかすれ具合に悶絶‥。トリュフ本来の味わいが感じられたのは、ここが初めて。野菜がふんだんに食べられるのも嬉しい。ワインのつまみになるパスタ(2種)もよかった。好感度が更にアップしたのが、最後のお会計。コース料金に全てが含まれていたのだ。席料、サービス料、料理、デザート、コーヒーはもちろん、ワイン全種、そして食前酒、食後酒(デザートワインにグラッパ!)、ミネラルウォーターまで!しかも、タバコが吸える‥一人一灰皿‥かたじけない。





(井野)





写真 by 迫川尚子、井野朋也
音楽 by 井野朋也




↑外食の聖地 中野「北国」
2015.8
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2012夏 鎌倉のカフェヴィヴモンディモンシュにて。右が店主の堀内隆志さん。


2013年1月。銀座、南蛮銀圓亭のマダムと。


地元の店シェ・オノ


地元の店 中野カルタゴ